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合成麻薬MDMA使用の麻薬取締法違反で逮捕起訴され懲役1年6ヶ月を求刑されていた元俳優・押尾学被告(31)の判決公判で、東京地方裁判所は、押尾被告に「懲役1年6ヶ月、執行猶予5年」を言い渡した。

8月2日、東京・六本木ヒルズのマンションで使用した。裁判長は、反抗発覚までの経緯などについて「押尾被告の法廷での説明は、内容が不自然で信用しがたい」と、執行猶予5年と言う異例の長さ。薬物に再び手を出さないかどうかを見守る期間だと言う。10月23日の初公判で、使用を認めていたために、執行猶予が何年になるかが、課題だった。

初公判では、一緒にいて亡くなっていたホステスの田中香織さん(30)については、全くと言っていいほど触れられていない。麻薬事件で起訴後、押尾被告の任意事情聴取を続けていたのは、麻薬で逮捕した警視庁麻布署ではなく、殺人事件を担当する警視庁1課だった。田中さんが勤めていた飲座の高級クラブ「J]の脚気医者は「1課が何度も来ました。彼女の交友関係や彼の交友関係も聞いていきました。捜査が続 いているんだなと感じていました」と言う。

傍聴希望者が初公判が2232人、判決公判が1202人と言うことを考えると、初公判で、田中さん問題が触れられなかったことで、一般傍聴希望者の数が減ったと言うことだろう。田中さんの容態に変化が起こってから通報までに約3時間の空白があったこと、携帯電話が捨てられていたこと、現場に駆けつけたマネージャーの証言、呼び出され現場を見た複数の友人の証言など、一切、公に表に出ていない。不自然な裁判が、これで終了するとは、全く思えない。
2009/11/02(月) 13:29 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
人情話の名人、三遊亭円楽さんが亡くなった。76歳だった。

人工透析をしながらレギュラー番組「笑点」の歯科医と高座を続けていたが、05年に脳梗塞を発症し、「笑点」を降板、07年には胃がんの手術をしたこともあった。円楽さんは、29日、午前8時15分、東京・中野の自宅で、妻・和子さん、息子一家、担当 医師、ホームヘルパーに見守られて静かに息を引き取ったと言う。

言葉の縺れがうまれ、潔く引退、弟子の三遊亭楽太郎(59)に円楽を譲り、来年3月の襲名を楽しみにしていた。78年には、円楽さんの師匠・6代目三遊亭円生さんが、落語協会分裂騒動を起こし、その最中に、円生さんが亡くなってしまうという事態に巻き込まれ、円楽さんが、円生一門を引く連れ、私財をなげうって寄席「若竹」を開設したこともあった。

楽太郎は、仕事先で、臨終に立ち会えなかったが、文書で「師匠の急変に間に合わなかったことが弟子として断腸の思いです。六代目の襲名を決定し、来年3月の円楽襲名に師匠である五代目がいない事、さみしさと重い責任を感 じています」と、無念さを綴った。

今から7、8年前になるが、中野の自宅にお邪魔したとき「人工透析していて、辛くてね。テレビも高座も降りたいけど、なかなかねぇ」といった言葉を思い出した。落語芸術協会の会長・桂歌丸(73)の「落語家は死ぬと芸まで持っていってしまう」が、心に残った。ああ合掌。
2009/11/02(月) 11:04 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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