人情話の名人、三遊亭円楽さんが亡くなった。76歳だった。
人工透析をしながらレギュラー番組「笑点」の歯科医と高座を続けていたが、05年に脳梗塞を発症し、「笑点」を降板、07年には胃がんの手術をしたこともあった。円楽さんは、29日、午前8時15分、東京・中野の自宅で、妻・和子さん、息子一家、担当 医師、ホームヘルパーに見守られて静かに息を引き取ったと言う。
言葉の縺れがうまれ、潔く引退、弟子の三遊亭楽太郎(59)に円楽を譲り、来年3月の襲名を楽しみにしていた。78年には、円楽さんの師匠・6代目三遊亭円生さんが、落語協会分裂騒動を起こし、その最中に、円生さんが亡くなってしまうという事態に巻き込まれ、円楽さんが、円生一門を引く連れ、私財をなげうって寄席「若竹」を開設したこともあった。
楽太郎は、仕事先で、臨終に立ち会えなかったが、文書で「師匠の急変に間に合わなかったことが弟子として断腸の思いです。六代目の襲名を決定し、来年3月の円楽襲名に師匠である五代目がいない事、さみしさと重い責任を感 じています」と、無念さを綴った。
今から7、8年前になるが、中野の自宅にお邪魔したとき「人工透析していて、辛くてね。テレビも高座も降りたいけど、なかなかねぇ」といった言葉を思い出した。落語芸術協会の会長・桂歌丸(73)の「落語家は死ぬと芸まで持っていってしまう」が、心に残った。ああ合掌。
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