コント55号で、萩本欽一とコンビを組んで一生を風靡した坂上二郎さんが、3月10日午前9時40分、入院先の病院で亡くなった。
76歳だった。
03年9月に、ゴルフプレー中に脳梗塞で倒れた。
一時、生命の危機も囁かれたが、奇跡的に回復。
翌04年6月には舞台復帰することが出来た。
以後、再発防止に努めていたが、昨年8月、自宅で転倒、頭部を強打して出血、病院に搬送される事故を起こしてしまう。
転倒の原因は、脳梗塞が進行していたということだった。
この事故で長期入院を余儀なくされていた。
坂上さんは、34年鹿児島に生まれた。
中学を卒業して地元の百貨店に勤めていたが、19歳のときNHK「のど自慢コンクール」で優勝、歌手を目指して上京することにした。
歌手・青木光一の付き人兼司会を担当するが、なかなか歌手の道が開けない。
業を煮やした坂上さんは、漫才師・獅子てんや・瀬戸わんやに弟子入りしてしまう。
漫才師に転向だ。
仕事は東京・浅草のストリップ劇場「フランス座」でのコント。
そこで萩本と出会うことになりコンビを組んだ。
66年に「コント55号」でデビュー。
テレビ番組「コント55号の裏番組をぶっ飛ばせ」で、高視聴率をたたき出し一躍人気者に。
「飛びます。飛びます」という流行語を生み出した。
70年代に入ると俳優としても仕事の場を増やし、念願だった歌手活動に進むことにもなった。
通夜、告別しくは行わず、近親者のみで密葬を行うという。
お酒を愛し、孤独を愛した坂上さん。
ああ、合掌。
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