芸暦71年の俳優・長門裕之さんが、肺炎による合併症で5月21日午後5時40分、都内の病院で死去した。
77歳だった。父は俳優・沢村国太郎さん、母は女優のマキノ智子さん、祖父に牧野省三映画監督、オジに俳優・加東大介さん、叔母に沢村貞子さん、轟夕起子さんという環境に育ち、6歳で映画「続清水港」デビューした。
出演した映画は200本を軽く越え、出演したドラマ、バラエティ、司会は数え切れない。
映画でいえば、石原裕次郎さんが、初めて出演した「太陽の季節」で主演、テレビ「ミュージックフェア」では、オシドリ夫婦といわれ、1年半前に亡くなった妻の南田洋子さんと16年間も司会を務めていた。
突然の訃報に、弟で俳優 の津川雅彦(71)は「前日までは元気だった。死んだとは思えない。厳しい兄貴だった。70歳を過ぎて、やっと仕事の中で協力し合える良い関係になってたのに…」と、驚いた様子だった。
認知症の南田さん09年10月、クモ膜下出血で亡くしてしまう。
「これからは女房のない世界に踏み出していきます。思い出の中で洋子は生きてますから。4年間、僕が介護することで、僕の人生をよみがえらせてくれて、人生観を変えてくれた人でした」と、話ていたのが印象に残っている。
昨年8月、解離性大動脈瘤のバイパス手術を受けた。
10時間にもおよぶ大手術だった。
直後、都内で開かれた認知症に関する講演会に車椅子で出席、仕事復帰への強い意欲を見せた。
11月には、南田さんの偲ぶ会と長門さんご自身の快気祝いをかねたパーティーを開いた長門さん。
出席した津川さんは「兄貴は、手術後、集中治療室からでてきたら、すぐにステーキ、すき焼きを食べていた」と、長門さんの回復振りを喜んでいた。
長門さんも「僕自身の人生に幕を下ろすまで、人生を演じきりたい。76歳、もう一度頑張ります」と。
しかし、今年に入ってからは体調を崩し、自宅療養を続けてきていた。
NHK「どんと晴れ スペシャル」に出演する予定だったが中止。
体調が心配されていた。
映画界の栄枯盛衰を見続けてきた一人の長門さんが、亡くなり、ますます昭和映画が遠くなってしまった。
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