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吉田正さんの聖地が、存続の危機に迫られている
戦後の混乱期に、多くの人たちに夢と希望を与えた作曲家・吉田正さん(享年77)。
「異国の丘」で作曲家活動を始めた吉田さんには「街のサンドイッチマン」(鶴田浩二さん)「有楽町で逢いましょう」(フランク永井さん)「東京ナイトクラブ」(松尾和子さん・フランク永井さん)「潮来笠」(橋幸夫)「いつでも夢を」(橋幸夫・吉永小百合)「寒い朝」8吉永小百合)「美しい十代」(三田明)などなど書ききれないほどのヒット曲があり、亡くなった翌月には国民栄誉賞を受けている。
その功績をたたえ、生誕の地、茨城・日立かみね公園に、04年「吉田正音楽記念館」が建てられた。
毎年多くの人が、見学に訪れ、偉大な作曲家・吉田さんに触れていた。
この吉田さんの聖地が、存続の危機に迫られているという。
吉田さんの意志で、入場料無料。
年間に掛かる約3千万円の維持費、修繕費は吉田さんの著作権料が当てられ、運縁されていたようだ。
喜代子夫人が生きていたときは、これでよかったのだが、夫人が今年7月31日、90歳で亡くなってしまったのだ。
夫妻には子供がなく、吉田さんが亡くなったときに、夫人は、総額10億円と世田谷区の一軒家などを相続した。
しかし、夫人が亡くなったことによって、遺産を引き継ぐ男性が現れてしまった。
そして、「記念館」運営がややこしくなってしまったようだ。
財政困難な日立市には捻出する予算はなく、吉田家が経費を持ち続けない限り、運営は難しいのだ。
で、突然現れた男性は、吉田正記念オーケストラの常任指揮者・終 身芸術監督を務める大沢可直さん(61)という人だ。
彼のプロフィールによると「50年、東京で生まれた。桐朋学園の斎藤秀雄指揮教室で高階正光氏に師事。
オーストラリア、シンガポールなどの交響楽団で経験を積み、95年にトルコ国立イズミール交響楽団名誉主席指揮者に。
01年、吉田メロディーをクラシック調にアレンジして演奏をする『吉田正記念オーケストラ』を作り上げた」と。
吉田夫妻とは、まったく血縁関係がない大沢さんが、夫人の遺産相続人になってしまったのだ。
スポーツ紙記者は「吉田学校の門下生、橋さんや吉永さん、三田さんらも心配していますよ。吉田さんが亡くなって、夫人がさびしかった頃に、夫人の心の支えになったのでしょうけど。夫人が亡くなられたときに、病院から直接、青山葬儀所でしたからね。吉田さんの位牌があるご自宅には戻れなかった。こんなことも大沢さんの指示だったようです」という。
巨額遺産を相続したが、「吉田音楽記念館の経費は見ない」
じゃ、門下生も世間も納得しないんじゃないのかな。
2011/08/26(金)
11:03
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