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テレビドラマ「岸辺のアルバム」や数多くの舞台で活躍した俳優・杉浦直樹さんが、9月21日午後7時23分、都内の自宅で肺ガンのため亡くなった79歳だった。

生涯独身生活を続け、06年に脳梗塞で倒れて、舞台を降板するまでは、私生活の匂いを出さないように、都内の高級ホテル生活だった。

錦鯉をこよなく愛し、庭の錦鯉が見える場所の部屋を取っていた。

嘘のような「1151号室(イイコイ)」だったと聞く。

酒豪で、日本酒1号を飲むこともざらだった杉浦さんは、超愛煙家でもあった。

日大芸術学部在学中に新劇団研究所を設立し舞台活動。

映画デビューは、石原裕次郎さんの「錆びたナイフ」の敵役だった。

都内の病院に入院していたが、本人の希望で9月1日から自宅療養を続けていた。

07年に放送されたTBSの「遠い国から来た男」以降、公の場所で観ることがなかった。

杉浦さんと言って思い出すのは32年前の出来事。

当時、超人気女優になっていた関根恵子(現・高橋恵子)が、池袋・西武セゾン劇場の公演をドタキャンしてしまったのだ。

共演は杉浦さん。

「二人の間のトラブル」との噂まで流れた。

いまだに真相は分からないが、関根は、当時恋人と言われていた作家の河村季里(67)と逃避。

その原因が、杉浦さんだと言われたのだ。

関根、河村の行き先は岐阜・高山の山奥だ。

畑を耕し生活していたふたりだったが、その後、タイ・香港にも逃げていた。

あの真相はなんだったのか。

杉浦さんが亡くなって、あの出来事は、完全に封されてしまった。

それにしても、昭和の芸能界で、貴重な芝居を見せていた名優がまた消えてしまった。

残念。

ああ、合掌。
2011/09/26(月) 11:21 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
すでに破局していると思っていたタレント・ほしのあき(34)と、JRA騎手・三浦皇成(21)が、12月19日の三浦の誕生日に婚姻届を提出することが明らかになった。

テレビ番組でほしのが名付け親になった「ハシッテホシーノ」に三浦が初騎乗したことで親しくなった。

元々は松岡正海騎手(27)が、騎乗することになっていたが、松岡が騎乗停止になっていたため乗り変わって乗った三浦と出会うことになった。

08年10月だった。

翌年の春ごろから交際が始まったが、師匠の河野道文調教師を激怒させたということもあった。

ふたりの交際は騎手仲間では有名で、日曜日の競馬が終わると、ほしのの自宅で過ごしていた三浦。

騎手仲間には「彼女の手料理が美味い」と、惚気ていたことも。

しかし、ふたりの交際に三浦の母が反対し、一時は暗礁に乗り上げたと言う話も流れた。

騎手の一人は「三浦からほしのの話を聞くことがなくなった。別れたのかも」という情報もあった。

紆余曲折のあった13歳年上カップルが、12歳違いになる日を選んだ結婚。

調教助手は「すでに一緒に住んでるんじゃないの。三浦の誕生日に結婚するのは聞いてるよ。挙式・披露宴の予定はないようで すが。子供が欲しくなったんじゃないのかな」と言った。

ふたりの結婚について河野調教師と話ができなかったが、古い体質の競馬界。

河野調教師との関係を元に戻しておかないと乗る馬が限られてくるよ。
2011/09/26(月) 11:12 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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