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国民的美少女コンテストで音楽部門賞を授賞したことがある元アイドル・田中千鶴容疑者(33)が、警視庁立川署に覚せい剤取締法違反(使用)で、逮捕されていたことが明らかになった。

田中容疑者は、14歳のとき「第6回全日本国民的美少女コンテスト」に出場、音楽部門賞に輝いた。

コンテストの主催芸能プロダクションのアイドルグループ「東京パフォーマンスドール」の一員として活動する。

その後、歌手活動を続けてきたが、04年に芸能活動を休止する。

06年に復帰。

今年、自分で芸能プロダクションを設立して社長に。

新境地を開いたばかりだった。

立川署の調べに「使用したことは事実」と、容疑を認めていると言う。

田中容疑者は、11月25日に東京・渋谷の自宅マンションで身柄を拘束され逮捕された。

尿検査で陽性反応が出たといい、覚せい剤の入手経路などを調べている。

田中の25日のブログには「緊急入院しました。本ブログの更新もスタッフが行っております」と、書き込まれていたが、28日には、ブログも閉鎖してしまった。

相次ぐ芸能界の麻薬汚染は、留まるところを知らない。
2011/11/29(火) 12:02 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
「俺が死んだら”だんしがしんだ”と、かかれるんだろうな」と、上から読んでもしたから読んでも”だんしがしんだ”と笑い話にしていた落語家・立川談志さん、11月21日に亡くなっていた。

75歳だった。

24日に分かったときには、密葬として極かぎらられた親族のみで荼毘にふされた。

談志さんの遺言だったようだ。

57年、5代目柳家小さん師匠に入門。

小さん師匠から天才を認められたが、周囲からは「天狗」と、非難されたこともあった。

江戸っ子風の威勢のよさと歯に衣を着せぬ毒舌でトップを走り続けてきた。

今でも続く人気番組「笑点」は、談志さんのアイディアが詰まっている。

71年、2度目の出馬で参議院銀に立候補し当選。

75年、三木武夫内閣で沖縄開発政務次官に就任したが、酒を飲んで記者会見。

「政務が先か?酒が先か?と記者に聞かれ「酒に決まってるだろう。気に入らないなら帰れ」と、発言して36日目に辞任。

83年には真打昇進試験制度問題をめぐって落語協会の小さん師匠と対立、落語教会を飛び出して立川流を旗揚げした。

勢いのまま額後人生にかけてきたが、87年に照合がんが見つかった。

それからはがんとの闘いに日々だったようだ。

08年にのどにポリープ。

医師は入院を勧めたが談志さんは、高座に出演することを選んだ。

極端に声が出なくなり聞きづらくなっていく。

咽頭がんを発症していることを告白する。

それからの入・退院生活。

11年3月、拒否し続けてきた談志さんだったが、声門癌の進行で声が出なくなり気管切開手術を施すことになった。

一命は取り留めたが、退院後一切の仕事をす津ことはなかった。

10月に再入院し、家族だけに看取られ11月21日にこの世を去った。

戒名は、自分で作っていた「立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかっ てこじ)」とした。

談志さんらしいけじめのつけ方だったのかもね。

「オレの葬儀はするな。海に流してくれ」と言うのが遺言で、談志さんは、スキューバ大文具の大ファンだったのは、知られていない。

談志になって、談志を演じきってなくなった談志さん、家族を愛し、毒舌に生きた人生だったが、ダンディイズムで、死に顔は弟子にもみせないという強い思いと、談志のまま死にたいと言う思いもあったんだろうな。

私生活は家族の前だけ。

一歩でたら談志という生き方に魅力は感じるね。

あの毒舌が聞けないのが寂しいね。

ああ、合唱
2011/11/28(月) 11:24 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
11月18日に待望のベビーが誕生していたことが明らかになっていたタレントの梨花(38)が、壮絶な難産だったと自身のブログで報告した。

3090グラムの男の子が誕生したのは18日、午後2時5分だったが、出産までに21時間を越える戦いを繰り広げたそうだ。

「赤ちゃんの首には二重にへその緒が巻き付き、私は意識不明・・。輸血、心臓マッサージ・・そしてみんなの大きな呼びかけで目を覚まし、今、ここにこうして元気に存在していることが出来ています」と。子供が抱けたのは翌19日になってからだったそうだ。「難産というよりも生死をさまよう事となってしまった」と、振り返った。

07年10月。梨花は6年間交際していた男性と破局したことを告白したが、09年10月、その男性と復縁していたことを発表し、2ヵ月後の10年1月に都内で挙式・披露宴をあげた。破局を告白したものの、すぐに復縁していたようで、破局は痴話げんかの成り行きだった。お相手は年下の建設会社のサラリーマン。

二度の流産で悲しい思いをしていただけに、無事生まれた男児に梨花は「今まで経験したことのない幸せを噛み締めて毎日を過ごしています」と、幸せいっぱいだ。
2011/11/24(木) 11:09 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
女優・南野陽子(44)の母・久美子さんが、11月10日、脳出血と心内膜炎のために兵庫県の自宅で亡くなっていたことが明らかになった。享年68歳だった。通夜・葬儀は、南野の父が「陽子の母であるけど、私の妻なので」と密葬を希望したといい、芸能関係者に知らせることは無く、すでに親族だけですでに葬儀は行わた。

久美子さんの死は突然だった。体調を崩したご主人の看病を続けているときに倒れた。緊急入院し、検査、治療してその日のうちに帰された。しかし、自宅に帰って容体が急変、再び緊急入院したが、そのまま息を引き取ったという。どんな治療、検査が行われたかは、後日、明らかになると思うが、退院させられていなければという疑問は残る。

南野が訃報を知ったのは、都内での番組収録が終わったときだった。再起は見とれなかったが、芸能界に入るときに、反対する父を説得して背中を押してくれた人だった。最愛の母。「うちの家庭はドラマみたいに仲のいい家族でした」といつも言っていた南野の想い出は、日曜日になると久美子さんが握ったおにぎりを持って、家族そろって出掛けたことだ。昨年7月に出会ったIT関連会社の5歳年下のAさんと、今年3月3日に電撃結婚。幸せ絶頂の南野の悲劇。それにしても68歳は若い。
2011/11/24(木) 10:51 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
お笑タレント。千原ジュニア(37)が、女性ファッション誌「CanCan」の人気モデル・舞川あいく(23)と交際していることが明らかになった。

今秋発売の「フライデー」が報じているが、ふたりは東京・西麻布の高級焼き鳥店やTSUTAYAなどでデートしていたそうだ。

そもそもふたりの出会いは8月だった。

ジュニアが司会を務める大阪ローカルのバラエティ番組「全力☆が~る」の収録。

番組企画で、ジュニアが初対面の女性と大阪でデートをするという企画だった。

選ばれたのが舞川だった。

収録があった20日のブログに舞川は「初めて男の人とカウンターに並んでラーメン食べたりした~♪」「通天閣にも連れて行ってもらった♪」と、よほど楽しかったんだろう。

嬉しそうに綴っていた。

舞川は、台湾人の母を持つハーフで、B80、W58、H84というスレンダーな美女。

関係者によると交際が始まったのは収録後からだという。

「フライデー」が、10月21日発売号でジュニアの和食屋デートを報じていたが、このときの女性も舞川だった。

時間が会えばデートを重ねるふたり。

まだ短時間だけど、この盛り上がりは、結婚もあるかもね。
2011/11/18(金) 11:39 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
「出会いから30数年倖せに暮らしているのだから、たぶん勘違いではなさそうだ」と百恵さんとの相性を確信。

「私たち夫婦は本当に喧嘩をしたことがない。共に喧嘩で引きずる空気感が嫌いなのと、喧嘩をして初めて深くわかり合えるなどという説を、はなから信用していな いからだと思う。夫婦喧嘩は犬も喰わないのだ」と、前書きに書いた俳優・三浦友和(59)の初の自叙伝「相性」(小学館刊)が、11月19日に発売される。

来年1月29日の誕生日で還暦を迎える友和が、妻で歌手だった山口百恵さんとの夫婦関係、二人の息子の子育て、出来事などで構成されている。

友和と百恵さんは、CMで出会い、数々のドラマや映画で競演してきた。

80年に結婚、百恵さんは自叙伝「青い時」を出版して芸能界を引退した。

家庭に入った百恵さんは、数々の復帰の声にも耳を貸さず、頑なに家庭と夫と子供達を守ってきた。

また、友和も夫として、父親として家庭を守り続けてきた。

その友和が、家庭生活の一部にしろ公開する「人生論」は、必読の価値ありだ。
2011/11/16(水) 11:21 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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